大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 昭和36年(ワ)73号 判決 1962年2月02日

原告 山梨貸切自動車株式会社

被告 信濃いすゞモーター株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対して金一五〇、八四四円とこれに対する昭和三六年五月三日より年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は自動車による旅客貸切並に貨物運送業を営み、被告は自動車及び部分品の販売業を営むところ、被告にセールスマンとして使用されていた中島幸子は昭和三六年三月四日被告所有の長野四りせ六一九二号ヒルマンをその販売のため松本市内より八王子市又は横浜市方面に向け運転し、その途中甲府駅構内にしばらく停車したが、同日午後一〇時五〇分頃再び発進した際、停車後発進後退する場合には後方を十分に注視し徐々に発進し事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、突如後方を注視せず猛スピードで約八・五米後退したため、たまたま同所附近に駐車中の原告所有の山梨三う八〇九六号ベンツ前部に右ヒルマン後部車体を激突させ、右ベンツの右前フエンダー機関部等七個所、ヘツドライトレンズ等五点を破損した。原告は数日後その修理のため右ベンツを東京都港区芝浦一丁目三八番地ウエスターン自動車株式会社に運搬し同社に修理させたが、その運搬費に一五、五四〇円、修理費に八八、三〇〇円を支出した。

更に原告は右ベンツを使用して一日三、九一七円の利益をあげていたが右運搬修理に一二日を要しその間休車を止むなくされ計四七、〇〇四円の得べかりし利益を失い、右事故により総計一五〇、八四四円の損害を蒙つた。そして右損害は前述のように被告方のセールスマンである中島幸子が販売のために自動車を運転中になした過失により生じたものであるから民法第七一五条に基き右金額及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三六年五月三日より民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

仮に、中島幸子が、被告の意に反してなんら販売業務と関係なく自己のために右運転をなしたとしても、民法第七一五条の「事業の執行につき」については判例上も極めて広義に解されており、要するに、行為者の主観如何にかゝわらず行為の外観が業務の執行と同一であることをもつて足ると解されているのであり、被告の自動車販売業務には自動車を運転することを必要とし、したがつてセールスマンによる自動車の運転は被告の販売業務の内容をなすものであるところ、前述のように本件事故を起した折の運転は、被告方のセールスマンである中島が運転免許証、車輛検査証を所持して被告所有の車を運転したものであるから、右運転意図如何にかかわらず業務としての運転と同一の外観を呈している。仮にそうでないとしても、少くとも中島の運転は当初松本市を発進した折においては他の業務としての運転と外観上何んらの差異はなくその後右事故発生にいたるまで運転は連続しており不可分のものであるからかかる運転は外観上販売のための運転とみるべきである。と述べ、

被告の「被告は他県において販売権がない」との主張を否認した。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、被告が自動車及び部分品の販売を営むこと、中島幸子が被告方にセールスマンとして使用されていたこと、原告主張のヒルマンが被告の所有であることは認めるが、その余の事実は争う。中島の右運転は販売のためではなく、業務と全く関係のない同人の私用のためなされたものである。即ち、昭和三六年三月四日午後七時頃被告方の販売課員久保恒三が右ヒルマンを松本市内において運転していたところ、中島は友人と右車でドライブしようと思い、右久保を呼びとめて「販売課長の用命である」と詐つて車を受取り、二、三の男友達を同乗させ同日より同月七日頃まで甲府市を通り京浜方面に出、更に軽井沢方面にドライブしたのである。元来被告は長野県一円において自動車の販売権を有するにすぎず、右ヒルマンはすでに長野のナンバープレートをつけ長野県内において売ることになつていたのであるから中島が販売のため右車を県外に運転するわけはない。また、民法第七一五条の「事業の執行につき」が広く解釈される傾向にあること、被告方において販売業務のためにセールスマンが自動車を運転していることは争わないが、それは運送業者が運転する場合と異つて販売のための運転であり、前述のように被告は長野県一円において販売権を有するにすぎず右ヒルマンは長野のナンバープレートをつけていたのであり自動車販売には野菜や魚類のごとき行商はないのであるから中島が右ヒルマンを県外の甲府市において運転したとしてもこれをもつて外観上被告の自動車販売のための運転と見ることはできない。のみならず右運転においては一見販売のためでなく遊興のためである外観を呈していた。と述べた。<立証省略>

理由

被告が自動車及び部分品の販売業を営むこと、中島幸子が被告に使用され販売業務に従事していたこと、原告主張の長野四りせ六一九二号ヒルマンが被告の所有するものであることはいずれも当事者間に争がなく、証人望月文雄、小尾辰太郎の各証言及び右各証言により成立の認められる甲第三号証の一乃至六、証人久保恒三、清水武士の証言を綜合すると、中島幸子は運転免許証、車輛検査証を所持し、昭和三六年三月四日松本市より京浜地方に向けて右ヒルマンを運転し、その途中甲府駅構内にしばらく停車したが、同日午後一〇時五〇分頃再び発進するために方向転換をしようとした際、後方の注視を怠つたまま急に高速度で後退したため、丁度同所附近に駐車していた原告所有のベンツの前部に右ヒルマン後部を激突させたことが認められ右認定を左右すべき証拠はない。

原告は中島の右運転は自動車の販売のためになされたものであると主張し、証人望月文雄の証言の一部は右主張に副うがたやすく信用し難く他に右主張を認めるに足る証拠はない。却つて証人小尾辰太郎、久保恒三、大池堅栄の各証言を総合すると、中島幸子は当日が土曜日であり翌日が日曜日であるのでドライブを企て、同日午後七時半頃松本市内において被告の販売課員久保恒三を社用であるとだまして同人より右ヒルマンの引渡を受け、男友達数名を乗せて同市より甲府市を経て京浜方面に遊覧のために右運転をしたことが認められる。すると右運転が販売のためであることを前提とする原告の主張はすでにその点において失当である。

次に原告は中島の右運転は販売のための運転と外観上差異がないと主張するところ、セールスマンである中島が免許証車輛検査証をもつて被告の車を運転していた(前に認定した事実)点においては販売のための運転と同一であるが、これのみをもつて直に販売のための運転と外観上同視しうるとは云えず、販売のための運転の外観を有していたか否かは更に右運転の外形即ちその日時場所等によつて決せられるべきであるが、中島が本件事故を起した時の運転は日時は土曜日の午後一〇時五〇分頃場所は被告方より自動車で数時間を要する県外の甲府市内であることは前認定のとおりである。

そして、元来、販売のための運転は、長距離貨物運送業のための運転やタクシー業としての運転と異りかかる日時、場所においてなされることはその性質上異例と解すべきことは明白であるから、右のような運転をもつて販売のための運転と同一の外観を有すると云うためには、原告において、被告方では特にかかる日時場所で販売のために運転をなすことを通常としていたことを立証すべきであると云わなければならない。然るにかかる証拠は全くなく、ただ証人久保恒三、大池堅栄の証言によると被告においては夜間においても顧客の求めにより販売のため自動車を運転することもあり又本件ヒルマンは中古車であり、中古車については県外で販売することも権原としてありうること、したがつて中島の右運転のごとき日時場所において、販売のために運転がなされることがありうることを認めうるにすぎない。すると結局中島の右運転は販売のために通常なされる運転とその外観においても異るものと云わざるを得ない。

次に、原告は当日の中島の運転中少くともその当初は販売のための運転と外観上差異がなく、その後本件事故にいたるまで右運転行為は不可分の一連のものであると主張するところ、なるほど右運転の当初が、即ち少くとも松本市内を発進した折等においては販売のため通常なされている運転と外観上差異がないことは明らかであるが、自動車運転の外観はたとえ連続した運転であつてもその時刻、場所においてそれぞれ異るのであるから業務執行の外観を有するか否かは、事故を起した時点における運転をもつて判断すべきであるから右主張は失当である。

然らば中島の右運転が被告の業務としての販売のための運転と同一の外観を有することを前提とする原告の主張もまたその余の判断をするまでもなく失当であると云わなければならない。

よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田尾桃二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例